どうして満たされないんだろう


前回の記事では、
「がんばってるのに、満たされない」
埋まらない心について書きました。

どうして、がんばっているのに満たされないのか。
今回は、その話をします。


いつも、何かに追われている気がする。
「もっと、もっと」と急かされているような感覚。

何者かにならなきゃいけないような焦り。
知識を詰め込まなきゃいけないような不安。

どれだけ学んでも、
どれだけ動いても、
心はちっとも満たされない。

「まだまだだ」

そんな声だけが、残る。


もしかしたら満たされなさの正体は、
”自分ではない誰かの理想を生きてきたこと”
なのかもしれない。


自分の中では、うまくできた。
スキップしたいくらい、軽やかな気持ちだった。

「がんばったね」
そう言ってほしかった。

でも返ってきたのは、

”もっとできたはず”
”その程度で満足してたらダメでしょ。”
”どうしてこのくらいのこともできないの?”

喜びは、すぐに曇った。
代わりに湧いてきたのは、恥ずかしさ。

「喜んでた私って、おかしかったのかな」
「喜んじゃいけなかったのかな」

自分の行動も、
感情も、
どこか間違っている気がして、不安になる。


もっと頑張らなきゃ。
この程度で満足しちゃダメ。

そうやって自分を奮い立たせて、
前を向こうとする。


でも、
どこまで頑張ればいいのか。
何を頑張ればいいのか。

自分の中には、答えがない。

「これだけ頑張れば、認めてもらえるかな」
「この結果なら、笑ってくれるかな」

そんな期待を、
何度も裏切られてきたのかもしれない。


そのたびに、

「やっぱり私はダメなんだ」
そうやって、
自分で自分にレッテルを貼ってきた。


満たされない心の正体は、
「認めてほしい」という、
とても自然な願いだったのかもしれない。


あなたは、もう十分がんばってきた。
ずっと、応えようとしてきた。

だからもう、
この言葉を受け取っていい。

「よくがんばったね」


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